しばらく見ない間に、お客様がたくさん見えたようでΣ( ̄ロ ̄lll)
これは、うかうか自分の勉強ばかりやっていられないぞ!!というわけで、今日は、最近研究中の数学史から話題を。
****************************
小学校では、小数を「小学校3年生」で、
分数を「小学校5年生」で習います。
しかし。
歴史的にみると、小数の開発は分数の利用よりもずっとずっと、後となります。
とりあえず、今回は第一回として、古代エジプトの分数から紹介です。
分数が使われている最古の記録は、最古の数学本、『リンド・パピルス』に既にあります。(古代エジプトの本)(さらに古い時代の本が発見されているかもしれないのですが、とりあえず私の知識だとここが最古)
これが、およそ紀元前1800年ごろ。もう、今から4000年近く前からあることになりますよ?
(中国人もびっくり♪)
実際、このリンドパピルスに書かれている分数は、『単位分数』が使われていました。
これは、分子がすべて1の分数です。
例えば、2/9は、1/6+1/18
3/5は、1/2+1/10
のように、分子が1の分数の足し算で表したのでございます。
これはどういう利点があるかというと、たとえば、『3個のパンを5人で分ける』とします。
私たちの感覚からすると、こんな感じで、3/5で良い気がしますが・・・

でも、実際これでパンを分けたら、一人分が小さい!!
そこで、エジプトの『単位分数』を考えます。
まず、パンを半分に分けて、それを1かけらずつ分けます。

すると、余りが出るので、これをさらに等分します。
すると、余りの部分を5人で分けると、ひとり、1/10ずついきます。
このように分けると、かけらが大きくなってちょっと便利♪
このようにして、古代エジプト人は分数を用いていました。
ちなみに、小数が出てきたのは、1600年ごろなので、随分最近のことなのですね♪
次回、なぜ小数が発達しなかったのかも含めて、バビロニア(と、古代ローマ)の分数に迫ります♪
これは、うかうか自分の勉強ばかりやっていられないぞ!!というわけで、今日は、最近研究中の数学史から話題を。
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小学校では、小数を「小学校3年生」で、
分数を「小学校5年生」で習います。
しかし。
歴史的にみると、小数の開発は分数の利用よりもずっとずっと、後となります。
とりあえず、今回は第一回として、古代エジプトの分数から紹介です。
分数が使われている最古の記録は、最古の数学本、『リンド・パピルス』に既にあります。(古代エジプトの本)(さらに古い時代の本が発見されているかもしれないのですが、とりあえず私の知識だとここが最古)

これが、およそ紀元前1800年ごろ。もう、今から4000年近く前からあることになりますよ?
(中国人もびっくり♪)
実際、このリンドパピルスに書かれている分数は、『単位分数』が使われていました。
これは、分子がすべて1の分数です。
例えば、2/9は、1/6+1/18
3/5は、1/2+1/10
のように、分子が1の分数の足し算で表したのでございます。
これはどういう利点があるかというと、たとえば、『3個のパンを5人で分ける』とします。
私たちの感覚からすると、こんな感じで、3/5で良い気がしますが・・・

でも、実際これでパンを分けたら、一人分が小さい!!
そこで、エジプトの『単位分数』を考えます。
まず、パンを半分に分けて、それを1かけらずつ分けます。

すると、余りが出るので、これをさらに等分します。
すると、余りの部分を5人で分けると、ひとり、1/10ずついきます。
このように分けると、かけらが大きくなってちょっと便利♪
このようにして、古代エジプト人は分数を用いていました。
ちなみに、小数が出てきたのは、1600年ごろなので、随分最近のことなのですね♪
次回、なぜ小数が発達しなかったのかも含めて、バビロニア(と、古代ローマ)の分数に迫ります♪
最近、このブログ。
数学から離れてきていますね・・・
そこで、今回は夏の大会の報告の一部、桜井進氏による『ジョン・ネイピア対数誕生物語』について語ろうと思います。
************************
今から400年ほど前・・・
時は、大航海時代。
多くのものたちが海へと繰り出していった。
しかし。
当時、海難事故が絶えなかった。
その原因は、自分たちの船の位置を正確に捉えられないことだった。
そこで、ある町の城主、ジョン・ネイピアは考えた。
「船の位置を正確に知るためには、もっと天文学者の協力が必要だ。」
GPSの発達した現代でも、星などの位置によって船の位置を確認している。
つまり、ジョン・ネイピアは星の位置をもっと正確に出したかったのだ。
しかし、天文学者たちには、船の位置を図るための計算に時間を費やすことができなかった。
彼らの仕事は、暦作りや他にも多大にあり、ほかの事まで手が回らなかったのだ。
そこで、ネイピアは、どうにかして天文学者の労力を減らす工夫を考えた。
天文学者たちは、「天文学的数字」といわれるほどの多大な計算に追われていた。
そこで、ネイピアは、掛け算をもっと簡単に行う方法を見つけることを決心したのであった。
そのとき、ネイピアは御年およそ44歳。
その頃の平均寿命は50歳といわれていたのだから、晩年によくもそんな決心をしたものである。
ネイピアのすごいところはその年から20年もかけて掛け算を簡単にする方法を見つけたということだ。
数学者ではない。ただの城主がだ。
その方法を簡単に言えば、
たとえば、私たちは2の2乗かける2の3乗は2の5乗であることを知っている。
ネイピアは、このような感じで指数を見ていけば答えが出るような膨大な量の表を作り上げたのだ。
つまり、『紙の計算機』を作ったことになる。
しかし、実際、ネイピアの時代に『指数』の考え方はなかった。
いったいどのような考えの下で計算を行っていったのか・・・
20年という歳月をかけて、どうにかその表は完成した。
しかし、 他の人からの評価はひどかった。
ネイピアの作ったその表は、見づらいのだった。
そこへ現れたのが、他国からやってきた数学者であるブリッグスさん。
ブリッグスは、ネイピアにこういった。
「閣下。
閣下の作った表はすばらしいものであります。
しかし、これでは底がわかり難いです。
よって、底をもっとみやすくしたらいかがでしょうか。」
じつは、3年ほど前からネイピア自身も底の見づらさには気づいていたのだ。
しかし、ネイピアはまずは、表を作ることを優先した。
そして、このブリッグスという数学科は、必ず自分の後を引き継いでくれる。
その確信がネイピアにはあった。
二人は、相談して、底を10とすることにした。
これが、常用対数の誕生であった。
「閣下。それでは、私が国に帰って1年で作ってまいります。
必ずやお待ちください。」
ブリッグスは気づいていた。
ネイピアが、自分の仕事を終え、自分にその後を継がせようとしていることを。
そして・・・
ネイピアのその、満足そうな顔から・・・
ネイピアの死期を・・・
『どうにかして、出来上がった表を閣下に見せたい。
この表を考え出したのは、紛れもなくネイピア様なのだから・・・』
国に戻ったブリッグスは死に物狂いで計算を行った。
ネイピアは20年の歳月をかけた。
しかし、ネイピアにはもうそんな時間はない。
アイディアはできているのだ。
後は、計算さえすればよい。
はやく・・・
ハヤク・・・
表が完成を迎えるのに、1年とかからなかった。
『できたのだ!!
まだ、ネイピア様は生きている。
これをもって、ネイピア様のもとにいくのだ!!』
喜ぶ彼のもとに、一通の手紙が届いた・・・
【閣下 死亡】
****************************
この話を聞いて、私の中で何かが起こった。
そう。何かが。
桜井進氏の、ネイピアへの思いは、私に伝染した。
ネイピア・・・・
私は、君を忘れない。
数学から離れてきていますね・・・
そこで、今回は夏の大会の報告の一部、桜井進氏による『ジョン・ネイピア対数誕生物語』について語ろうと思います。
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今から400年ほど前・・・
時は、大航海時代。
多くのものたちが海へと繰り出していった。
しかし。
当時、海難事故が絶えなかった。
その原因は、自分たちの船の位置を正確に捉えられないことだった。
そこで、ある町の城主、ジョン・ネイピアは考えた。
「船の位置を正確に知るためには、もっと天文学者の協力が必要だ。」
GPSの発達した現代でも、星などの位置によって船の位置を確認している。
つまり、ジョン・ネイピアは星の位置をもっと正確に出したかったのだ。
しかし、天文学者たちには、船の位置を図るための計算に時間を費やすことができなかった。
彼らの仕事は、暦作りや他にも多大にあり、ほかの事まで手が回らなかったのだ。
そこで、ネイピアは、どうにかして天文学者の労力を減らす工夫を考えた。
天文学者たちは、「天文学的数字」といわれるほどの多大な計算に追われていた。
そこで、ネイピアは、掛け算をもっと簡単に行う方法を見つけることを決心したのであった。
そのとき、ネイピアは御年およそ44歳。
その頃の平均寿命は50歳といわれていたのだから、晩年によくもそんな決心をしたものである。
ネイピアのすごいところはその年から20年もかけて掛け算を簡単にする方法を見つけたということだ。
数学者ではない。ただの城主がだ。
その方法を簡単に言えば、
たとえば、私たちは2の2乗かける2の3乗は2の5乗であることを知っている。
ネイピアは、このような感じで指数を見ていけば答えが出るような膨大な量の表を作り上げたのだ。
つまり、『紙の計算機』を作ったことになる。
しかし、実際、ネイピアの時代に『指数』の考え方はなかった。
いったいどのような考えの下で計算を行っていったのか・・・
20年という歳月をかけて、どうにかその表は完成した。
しかし、 他の人からの評価はひどかった。
ネイピアの作ったその表は、見づらいのだった。
そこへ現れたのが、他国からやってきた数学者であるブリッグスさん。
ブリッグスは、ネイピアにこういった。
「閣下。
閣下の作った表はすばらしいものであります。
しかし、これでは底がわかり難いです。
よって、底をもっとみやすくしたらいかがでしょうか。」
じつは、3年ほど前からネイピア自身も底の見づらさには気づいていたのだ。
しかし、ネイピアはまずは、表を作ることを優先した。
そして、このブリッグスという数学科は、必ず自分の後を引き継いでくれる。
その確信がネイピアにはあった。
二人は、相談して、底を10とすることにした。
これが、常用対数の誕生であった。
「閣下。それでは、私が国に帰って1年で作ってまいります。
必ずやお待ちください。」
ブリッグスは気づいていた。
ネイピアが、自分の仕事を終え、自分にその後を継がせようとしていることを。
そして・・・
ネイピアのその、満足そうな顔から・・・
ネイピアの死期を・・・
『どうにかして、出来上がった表を閣下に見せたい。
この表を考え出したのは、紛れもなくネイピア様なのだから・・・』
国に戻ったブリッグスは死に物狂いで計算を行った。
ネイピアは20年の歳月をかけた。
しかし、ネイピアにはもうそんな時間はない。
アイディアはできているのだ。
後は、計算さえすればよい。
はやく・・・
ハヤク・・・
表が完成を迎えるのに、1年とかからなかった。
『できたのだ!!
まだ、ネイピア様は生きている。
これをもって、ネイピア様のもとにいくのだ!!』
喜ぶ彼のもとに、一通の手紙が届いた・・・
【閣下 死亡】
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この話を聞いて、私の中で何かが起こった。
そう。何かが。
桜井進氏の、ネイピアへの思いは、私に伝染した。
ネイピア・・・・
私は、君を忘れない。

数学は文化と密接なかかわりがある
私たちがよく使っている1から10までの数(実際は0から9というべきか)は私たちの指が10本であることに由来する。
もし私たちが上の図のように指が26本あったら26進法だ。
(絵が下手なことは胸の奥底に…底辺に沈めておいてください)
アルファベットが26個だから、10進法にそって数字を書いて見ると…
a(=1)
b(=2)
・
・
・
y(=25)
z(=0)
という感じで…
(zが0というのは、計算がしやすかったので…)
さらにさらに
ak(=26×1+11)
kec(=26×26×11+26×4+3)
…
大変です(ToT)
また、2進法などがパソコン等で使われているのですが2進法のはじめは人間の目の数や耳の数が由来しているとの話もあります。(子供の頃に見た乳房の数とう由来もあります)
ちなみに…
1進法が人間が一番最初に獲得した方法ですかね?
その数だけ小石をおけば1進法(*^_^*)
…
モブログは文字を打つのが大変(T_T)
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